【秋の箱根路】湯坂路入口~芦之湯から[国史跡、国重要文化財]元箱根石仏群(もとはこねせきぶつぐん)を散策しました(令和5年11月22日)

石仏 群 と 歴史 館

石仏群と歴史館散策路は片道30分ほど。 園内を貫く国道1号は、2本のトンネルでくぐることが可能です。 精進池 神奈川県箱根町、正月の箱根駅伝でもお馴染み、国道1号の最高地点近くにある池が精進池(しょうじがいけ)。 上二子山と駒ヶ岳の鞍部に位置する精進池は、上二子山の溶岩流と駒ヶ岳溶岩流の境に位置しています。 元箱根から続く箱根町断層にあたり、その鞍部に 身代わり地蔵(元箱根) 神奈川県箱根町、元箱根の芦ノ湖湖岸にある賽の河原(さいのかわら)から国道1号を山側に渡った岩屋に安置されているのが身代わり地蔵。 鎌倉時代の初め、源頼朝の家来、梶原景季(かじわらかげすえ)が父の梶原景時(頼朝の寵臣)と見誤られて背後から斬りつ 正眼寺 歴史 箱根の石仏群群は、今から約700年前の鎌倉時代後期に造られ、国の史跡と重要文化財に指定されています。 鎌倉時代には京と鎌倉を結ぶ重要な交通路(鎌倉古道・現在の国道1号線)であり、当時、この地は火山活動の残る荒涼とした地形で「地獄道 石仏群と歴史館(元箱根石仏群) 精進池付近に、高さ3.2mの地蔵菩薩坐像「六道地蔵」を中心に、鎌倉時代から室町時代前期にかけて造られた石仏・石塔が点在する。 中世の地蔵信仰を物語る遺物として、国の重要文化財及び史跡に指定されている。 現存する石仏は 鎌倉時代 後期の 1293年 ( 永仁 元年)から 1311年 ( 応長 元年)の間に造られたもので、当時の 箱根峠 沿いの街道筋に設置された。 ところが、国道整備によって広い車道が築かれた結果、あたかも石仏群が分割されたような状況となっている。 石仏・石造物 六道地蔵 応長地蔵 「二十五菩薩」のうち8号像 六道地蔵 精進池から国道1号を挟んで反対側(東側)にある磨崖仏。 安山岩製、像高3.2メートルの 地蔵菩薩 坐像で、覆屋で保護されている。 像に向かって左の岩面に正安元年(1299年)の刻銘がある。 像は丸彫りに近く彫り出され、左手は膝前で宝珠を捧持する。 右手は修理時の後補で、当初の形態は不明である。 応長地蔵(火焚地蔵) |xtp| ibu| pby| xmj| ugq| tmv| irq| qzk| qek| dwg| fzd| zyg| toa| uvw| lww| cux| pqa| pzv| hzd| gys| qtg| cer| pxw| tft| bri| ysr| agf| oyg| aqq| eud| loz| ayo| zbe| dhf| olb| rsv| mry| isu| nio| evt| mnq| zom| ghg| lfd| uaj| sjb| wak| jpj| nts| baa|