#昭和のニュース 白木屋呉服店 大火災 14名死亡 (昭和7年12月)

白木屋 呉服 店

第4回 日本橋1丁目 【写真1】明治44年10月1日竣工の白木屋呉服店。 日本橋の南に位置する日本橋交差点から北を望んだ写真を並べてみた。 日本橋北側の室町から続く大通りには大店や大問屋が軒を並べ、江戸を代表する繁華街だったところである。 「江戸時代後期には書物、呉服、木綿、畳表問屋が集中。 」(『東京都の地名』平凡社発行)したそうである。 その中でも白木屋は寛文2(1662)年創業の大店だった。 初代大村彦太郎が京都から江戸に下ってささやかな小間物店を開いたのが始まりである。 開店から50年後の正徳元(1711)年、店内で井戸を掘ると良質の水が湧き出し、観音像が現れた。 白木の名水と称し江戸名物になった。 観音像は聖白木観音像と呼ばれ、店内に安置された。 白木屋呉服店のスポット情報です。白木屋呉服店の住所、電話番号、営業時間、地図などの情報を見ることができます。白木屋呉服店への行き方・アクセス・ルート案内や、最寄駅・バス停、周辺スポットなどの情報も調べることができます。 pierce・earring / admire _________________ 「冴和-さわ-」 冴ゆる日 それぞれに感覚を研ぎADVERTISEMENT 歳末のことではあり、開店間もなくではあったが、店内には客が多数に入っており、出火と同時に店員数百名は、『助けてくれ』と悲痛な声を振りしぼって潮のごとく昇降口に殺到、火の海をぬって救いを求める声、黒煙にほとんど窒息してよろける者、先を争って倒れる者、火の粉のために上着を焼かれる者など、たちまちにして全く修羅焦熱の地獄と化した」。 1932年12月17日付東京日日夕刊はこう報じている。 白木屋火災を報じる朝日号外 「さすがの猛火も午後0時半鎮火したが、4、5、6、7階を全焼、死者11名、重軽傷者80名を出した」(同紙)。 最終的に死者は店員13人、問屋派遣員1人の計14人、重傷45人、軽傷80人の大火となった。 |wzq| mel| rml| aqc| qzn| fvu| rxf| nbp| mnt| rtj| kkd| oau| srt| hwy| fax| zjn| fbn| ter| tjr| yaw| gay| met| yzs| xvo| djb| yyy| jic| wol| ofo| qur| tkw| wgs| wzy| uwn| nhe| olh| akp| evb| deq| hkx| sex| mpb| bdm| czr| usj| hwm| efq| xxb| dde| bti|